信仰告白

信仰告白 

 

僕は、1949年に北海道の渡島半島で生まれた。1969年1月、僕は、友人から統一原理を紹介され今年で信仰生活48年になる。僕の伝道される前年、1968年、川端康成ノーベル文学賞を受賞して日本中が喜びに沸いた。18歳の僕には、強い刺激であった。なぜなら、その頃、僕は、小説家を志望していたからだ。そのような中、僕は伝道された。ぼくは、神主義の理念と出会った。田舎から札幌に出た時のことである。僕は、男子修道院の経営する函館ラ・サール高校で聖書も学んだ。そのせいか、統一原理は抵抗なく受け入れることができた。即、献身した。今日まで、開拓伝道を6都市で歩んだ。千葉・船橋市、長崎・島原市、北陸・小松市七尾市、埼玉・蕨市、東京・渋谷区である。20年の間に持病の腰痛で6回入院。内外の試練を味わった。きびしい歩みであった。

真の御父母様(文鮮明師御夫妻)との出会いは、献身後、すぐに訪れた。僕は、1969年4月20日、東京・渋谷の本部教会での聖日礼拝に参加した。そこで49歳のお父様の説教を初めてお聞きした。「真の子女となりましょう」という題目であった。お父様は、汗をびっしょりかきながら、滝が流れるようにみ言葉を語ってくださった。その後の人生において文鮮明師の説教は、僕の魂に刻まれた座右銘の説教となった。僕のお父様に対する最初の理解は、熱弁を振われる村長さんという次元であった。お父様の背後にある歴史的事情まで悟ることはできなかった。次の出会いは、1800双の祝福を受けて間もない1975年2月13~15日の東京・日本武道館「希望の日講演会」での講演が思い出に残っている。お父様は、日本国民の大衆に向かって力強く訴えられた。「文先生以上の教えがあれば、先生もそこへ行くよ。」お父様は、自信にあふれて言われたのだ。その背後に43日間にわたる霊界での霊的闘いの勝利があったことは、後になって僕は知った。僕も原理に対して自信を持ちたいと思い、比較宗教の勉強に取り組むようになった。

僕の闘病中、内村鑑三の随筆集と出会った。僕は、それが縁で詩を書き始めていた。僕に衝撃的事件が起こった。それは、2003年2月6日、清平で「天宙・天地真の父母様平和統一祝福家庭王即位式」が挙行されたときのことであった。朴普煕先生がお父様の詩を朗読されたのだ。お父様が 、16歳のときに創られた詩「栄光の王冠」の紹介であった。2001年の世界詩競大会(主催・国際詩人協会)で最優秀賞に選ばれたという詩である。僕は、その詩を聞いて悟った。日本でも再臨主を迎えるために神様によって準備された人物、 内村鑑三先生や賀川豊彦先生が、詩を書かれているが、詩「栄光の王冠」は、彼らの詩とは全く違っていたのだ。

聖書のヨハネの黙示録5章5節に「ダビデの若枝である方が、勝利を得たので、その巻物を開き七つの封印を解く」という句を僕は、思い出した。この詩を創られた16歳の文少年は、まさに永遠の平和の王として立つと預言された「ダビデの若枝」の器を持たれた方なのだと僕は、深く悟り、確信するようになった。詩の行間に文少年の聖いキリストの心を直感したのだ。

僕は、「この方は本当に、メシヤなのだろうか」と悩み、信仰の葛藤を抱いていたのだ。僕は、堕落性の深い泥沼を抜け出せずにいた。もちろん、お父様を再臨のメシアと信じていたが、僕の良心は満足していなかったのだ。詩「栄光の王冠」は、僕の悩みを見事に消してくれたのだ。僕の良心は満足した。人類が血の闘争に明け暮れたのも、第一次世界大戦で殺戮戦があったのも一人のお方の誕生を迎えるためであると原理講論は述べている。

ああ!1920年にお生まれになられた一人のお方は、無原罪で地上誕生された再臨の主、人類が待望した再臨のキリストであると僕は、悟り、確信を深めたのである。

1960年、ひとり息子・文鮮明師とひとり娘・韓鶴子総裁の神の小羊の婚宴がなされた。お二人の御聖婚のその日は、人類の救い主・真の父母様が誕生したお祝いの日となったのである。

 

詩 栄光の王冠

文鮮明

私が人を疑う時 私は苦痛を感じます。 私が人を審判する時 私は耐えられなくなります。 私が人を憎むと時 私は存在価値を失ってしまいます。 しかし もし信じれば 私はだまされてしまいます。 今宵 私は手のひらに頭を埋め 苦痛と悲しみに震えています。 私が間違っているのでしょうか。 そうです。私が間違っているのです。 たとえ だまされたとしても 信じなければなりません。 たとえ 裏切られたとしても 赦さなければなりません。 憎む者までも ことごとく愛してください。 涙を拭いて 微笑みで迎えてください。 人をだますことしか知らぬ者たちを 裏切りながらも 悔い改めのできない者たちまでも・・・。 おお主よ! 愛するという痛みよ! 私のこの苦痛を御覧ください! 熱きこの胸に 主のみ手を当ててください! 私の心臓は 深き苦悩ゆえに 張り裂けんばかりです。 しかし 裏切った者たちを愛した時 私は勝利を勝ち取りました。 もし あなたも 私のように愛するならば 私はあなたに 「栄光の王冠」をお捧げします。  -栄光の王冠 (Rev. Sun Myung Moon 1935年)―  

( 2017.9.23)